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仁川・富平公団コンクリート埋葬事件「韓国版コンクリート詰め事件」

12 02, 2019
事件は2016年4月に韓国の仁川広域市富平区で発覚しました。 被害者と思われる白骨遺体はアジア系の20代女性だと考えられています。 この女性は何らかのトラブルに巻き込まれた後、団地のトイレ横に設置されたレンガ造りの構造物の中にセメントと共に塗り固められたと分かりました。



富平公団



事件の発生した富平公団の一帯はその昔ハンセン病患者が集められ住んでいた地区でした。その後、1980年代後半になると貧困国から呼ばれて来た低賃金の外国人労働者が多く移住した街としても有名です。 富平公団は2階部分が包丁製造工場としても稼働してた時期もあり、当時は外国人労働者などが他の階に入居するなど外国人の出入りの多い所だったのです。 富平公団建設以来建物の所有者は既に3回も代わり、その意味ではいわく付きの物件だったのでしょう。



白骨遺体発見



1990年に建築された富平公団はこの時点で既に築26年が経過し、建物の老朽化も著しくなってきました。

外壁横の非常階段の下(1階部分)には共用トイレが設置されており、そのトイレに隣接するようにレンガ造りの長方形の構造物がいつの頃からか増設されていました。 所有者はそのトイレ部分を取り除こうと外部業者を呼び、改修作業を行おうとしたのです。





2016年4月28日。 解体業者は非常階段下の共用トイレの解体作業に取り掛かりました。作業員のカン氏はトイレ横に作られたレンガ造りの構造物の解体を始めると亀裂を入れた部分に道具を差し込み、テコの原理でブロックやセメントを破壊しようとしたのです。

次の瞬間、中からなにか見覚えのあるような丸い物体がカン氏の足元に転げ出ます。 それを見たカン氏は悲鳴を上げてしまいました。 それは小学校の理科の時間に実習室で見た人の骸骨の人体標本そのものだったからです。



警察出動



通報を受けて駆けつけた警察がレンガ造りの構造物を破壊した所、中からセメントで塗り固められた完全な形の人骨が発見されたのです。それは人間一人分の完全な人骨でした。

鑑識が調べた所、その構造物はレンガ造りでありトイレの建物に沿うように作られていたのです。 犯人は最初にレンガを用いて長方形(高さ40cm 幅132cm 奥行き90cm)の構造物を造り、その中に右足を曲げた状態で女性を押し込んでいました。 そして被害者の頭上からセメント袋入のセメントを投入、次に水を投入、これを3回繰り返して人間をコンクリートの中に塗り込めたことが判明したのです。



遺留品



鑑識が現場で遺留品探しを行うとそこには犯人の物と思われるタバコの個別パッケージ、農心のインスタントラーメンの粉末スープ袋、セメント袋の破片など複数が発見されたのです。 他にも破砕されたコンクリートには被害者を塗り込めた際に誤ってその指先を押し付けてしまったのか?指紋の痕がコンクリート表面に残されていたのです。

警察は粉末スープ袋を用いて犯行年の割り出し作業に注力しました。メーカーに問い合わせた結果その粉末スープは2001年5月~2006年9月27日までの間に製造され、2006年3月26日付までに出荷販売された製品であると分かりました。これで被害者は約10年間、コンクリートの中に塗り込められていたことが判明しました。

次に警察は白骨遺体の身元割り出しに動きました。 被害者の骨は完全な状態であった事から身長は162~170cm,年代は20代、性別は骨格から女性であると判明しました。 そして出身国はアジア系であるとも推測されたのです。

頭蓋骨の右奥歯は抜歯された状態であった事から国内の歯の治療結果と照合作業を行うも該当者は出てきません。 これも「被害者は外国人女性」という説の有力な根拠とされました。

コンクリートには被害者女性の染髪した髪も残されていましたが、被害者は遺棄される際に着ていた衣類を全て剥がされ裸体のままセメントで固められていました。 被害者の所持品は何も残されていません。 そしてDNA照合ですら該当するDNAは警察のデーターバンクに存在しないのです。



証言



警察が過去この物件の所有者だった人たちに話を聞くも「この事件に関する記憶は既に消えている」というような証言しか得られません。一体誰がこの構造物を後から設置したのか? それはいつ頃設置されたのか?も詳しく知っている人物は出てこなかったのです。 後に警察は構造物が設置された当時に撮影された一枚の写真を入手することになります。



捜査難航



遺体発見から既に丸3年が経過しますが被害者の身元は現在も判明しません。地元では「外国人労働者?」という憶測が流れる始末です。 またこの富平公団には刃物製造工場とその関係者が多数入居していたことから被害者や加害者の追求に困難をきたしてしまいました。



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ファソン女子大生殺人事件(未解決)

11 29, 2019
これは韓国の京畿道華城市で発生した女子大生拉致殺人事件です。 この事件は2004年に発生しましたが丸15年が経過した今も犯人検挙には至っていません。



事件当日



2004年10月27日。華城の大学で観光学を専攻していた女子大生2年生Aさん(当時21歳)は当日が試験日だったという事で昼頃には帰宅していました。 帰宅後の彼女は弟を連れて近くの食堂に数時間遅れのお昼ご飯を食べに行ったのです。時間は午後3時を回っていました。

弟によれば食堂で海苔巻きとトッポギを注文して姉弟仲良く分け合って食べたそうです。 そして食事の後、姉はスイミングプールに行くと言ってひとりで出掛けてしまいました。 プールと彼女の自宅との距離は約3km程度離れていました。

夜7時。彼女は自宅に一本の電話を入れています。 「お母さん、車で迎えに来てよ。」 すると母は「今日はお父さんが忙しいから迎えに行けないわ。自分で帰って来なさい。」と送迎を断ってしまったのです。

同夜8時半。彼女はプール施設から出てひとりで帰る事にしました。 プール近くに位置するアンニョン農協前バス停から路線バスに乗ったのです。

運行する京津バス34番の運転手によれば「10分位で水原大学近くのバス停で他の乗客数人と一緒に女子大生は降りた」と証言を行っています。バス停近くに設置されていたCCTVのカメラ映像には4人程下車した乗客の中にその女子大生が写されていた事が確認できました。

その後彼女は同バス停の反対側に位置するタクシー乗り場からタクシーを拾って自宅に向かったと思わています。 所がこれを最後に彼女の行方が分からなくなってしまうのです。



帰宅しない娘を案じて



当日午後11時。いくら待っても帰宅しない娘の身を案じて自宅で待つ家族はとうとう警察に「娘が帰宅しません。探してください。」との通報を行いました。

それを受理したファソン警察署では直ぐに警らの警察官に指示を出し、翌28日の未明まで捜索を続けました。しかしプールから彼女の自宅までの経路に彼女を発見する事ができません。



失踪一日目



失踪一日目となる同月28日。 失踪した女子大生の携帯電話を偶然拾ったという人物から連絡が寄せられたのです。 それは新聞配達途中の新聞配達員キムさん(38,男)でした。

キムさんによればいつものように早朝の新聞配達をしていた所、道路に携帯電話が落ちていたというのです。同日午前5時頃の事だとします。

所がキムさんが拾ったという場所はプールから見て彼女の家とは反対方向だったのです。この証言を元に警察は夜遅い時間にひとりでプールから帰宅途中の女子大生が何者かによって連れ去られたと推測を行いました。

警察は失踪した女子大生の体格が男性にも負けない事から彼女を連れ去ったのは複数の実行犯によるものと推測したのです。何故ならこの女子大生の身長は173cm、体重は70kg前後という男性にも負けない体格の持ち主だったからです。

警察は携帯電話が落ちていたとされる地区で重点的に目撃者探しを行いますが時間が夜遅い時間帯だったという事で重要な目撃者は現れなかったのです。

しかし警察は失踪当日に女子大生が着ていたと思われる衣類を数点発見することに成功します。 最初に発見されたのはフード付きのスエットの上着部分とその下に着ていたTシャツ、そしてジーンズでした。これらは彼女の自宅から1.6km程度離れた場所に点々と捨てられていたのです。

どうやら失踪直後に女子大生は性的暴行を加えられていたと考えられました。更に捜索を続けると失踪した女子大生が着ていたと思われる衣類が数10メートルから数100メートルの間隔を置いて次々と発見されるのです。 それらはソックスやスニーカー、そしてブラジャーでした。

どうやら犯人は車で移動しながら拉致した女子大生から剥いだ衣類を次々と捨てていたようです。

同日午後4時。 衣類が点々と落ちていた辺りから程近い場所に位置する貯水池で女性物の下着(パンティ)とハンドバッグが発見されます。

警察はそれらを失踪した女子大生の所持品だと考え、彼女の両親に確認作業を求めたのです。そして両親からはそれらの衣類が「娘の下着などです」との回答を得ました。

慌てた警察はダイバーを投入、貯水池の水底を捜査するも遺体は発見できません。



失踪3日目



失踪から3日目となる同月30日。警察は大量の捜査員を導入してきました。彼らは機動隊の6個中隊、合計600人からなる総勢で貯水池やその周辺の山林の捜索にあたったのです。この時点で警察は拉致された女子大生が既に殺害されていたと考えていたようです。

そして警察は既に回収していたジーンズから不審な付着物質を発見それを分析した所、精液であると判明したのです。



失踪4日目



失踪から4日目となる同月31日。 午前零時頃、問題の貯水池に繋がる道路に水泳帽と水泳用ゴーグルが捨てられていたのを警察は発見しました。 その数時間後となる午前3時、女性物の水着と買い物バッグが捨てられていたのを発見します。 



1ヶ月半後、遺体を発見



失踪から既に1ヶ月半が経過しても彼女は自宅に戻ってきません。 同年12月12日の事です。 とうとう失踪した女子大生が発見される日がやって来ました。

同日、貯水池近くの山林を訪ねていた不動産業者と歯科医がいました。彼らは不動産売買目的でその山林に足を運んでいたのです。 

業者らが林の中に入ると前方に何やら大きな物が落ちているのを発見します。そこには野ネズミの大群が集まっていたのです。

業者らが近付くと野ネズミは、さっと逃げてしまいました。そして残されたのは極僅かに肉片を残した白骨化した人間の遺体でした。

既に遺体の腐食はかなり進んでおり、遺体は野鳥や野ネズミ、昆虫にむざぼり食われていた状態でした。その遺体の死肉を野ネズミが我先に食い荒らしていた所を彼らが発見したのです。

通報で駆け付けた警察が目を覆いたくなるような酷さです。回収された遺体は街の警察署では対処できない程酷かったので遺体は国立科学捜査院に送られ分析結果が待たれました。



遺体発見から2日後



遺体を発見した日から2日後となる同月14日。国立科学捜査院はファソン警察署に鑑定結果を返して来ました。

そこには「遺体の骨からは刃物による傷は認められない。よって死因は窒息死だと推測される。」「遺体の傍から回収された異物は生前彼女が最後に食べた昼飯の未消化残留物と判明した。」「被害者は歯型から失踪した女子大生と同一人物との結果が得られた。」とありました。

これらの鑑定結果から被害者の女子大生は拉致された直後に強姦され、その後直ぐに殺害されたと推測出来たのです。 未消化の食品の残留物から考えて被害者は拉致後数時間も立たない内に殺害されたようです。



タクシー運転手が疑われる




韓国ではタクシー運転手による業務中の性犯罪が多発している事から警察は失踪当日に彼女が拾ったタクシーの運転手が強姦目的の犯罪を犯したと推測しました。 そして同地区で営業するタクシーの運転手を次々と取り調べていくのです。 しかしタクシー運転手の中に容疑者として身柄を拘束できるような証拠は上がりません。 警察はそれ以外にも範囲を広げてファソン周辺で過去に性犯罪を犯していた前科者や警察が目を付けている人物ら合わせて4,600人余りを容疑者として調べる事になったのです。

ところが疑われた彼らのDNAを鑑定するも被害者女子大生の履いていたジーンズに付着していた精液と同一のDNAを持つ人間は発見されません。

慌てた警察はチラシ1万枚を作成、それを市中に配布して情報提供を呼び掛けたのです。そのチラシには犯人検挙に繋がる有力な情報を提供した者に対して賞金1、000万ウォンを支払う用意があると書かれていました。



当時作成された情報提供を呼びかけるチラシ




未解明のまま



事件発生から時間は流れ16年目を迎えてしまった今も犯人らは検挙されていません。 犯人らは今も市中を自由に動き回っているのかもしれません。 何処かの街で次の獲物を狙って身を隠しているのかもしれないのです。




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大韓民国のペドフィリア連続殺人鬼イ・グァンギュ

11 22, 2019
大韓民国初の大量殺人鬼と呼ばれるイ・グァンギュ(이관규)。 彼はペドフィリアとしても有名な男でした。イの犯行は1929年の夏にまで遡ります。



当時、事件を扱った新聞記事の小見出し


この年の暑い夏、39歳になっていたイは同性である男児2名の殺害に手を染めます。被害者男児の年齢はそれぞれ9歳と11歳でした。

6月2日、京畿道高陽市の山中でイは11歳の男子児童相手に強姦を行いました。この日、被害者の児童は11歳という年齢ながら家畜の羊を連れて山中を歩いていたのです。そして被害者となる児童を物色していたイと遭遇してしまいました。

イは男児を強姦した後、その首に手をかけて絞殺してしまいす。夕方になっても児童が家に帰らなかった事から両親や警察が彼を探していた所、山中に惨い姿で残されているその遺体を発見する事になりました。

翌7月になるとイは再び犯行を繰り返します。 7月12日、ソウル特別市永登浦区に犯行の舞台を移したイは通算で何度目かの性犯罪を行います。 この日被害者となったのは9歳の男子児童でした。この9歳の男児は町の中でイによって拉致され自宅裏山に連れて行かれてしまいました。 そこでイは児童を強姦した後にその首を締め上げ絞殺してしまうのです。 少年の遺体は自宅裏山に残されたまま後に発見される事になります。



ペドフィリア殺人鬼イ・グァンギュ



警察はその手口から過去に類似の犯行の洗い出しを行います。その犯行手口は警察関係者ですら「変態性事件」と呼ぶ始末です。 それは現代でいうペドフィリア(10歳以下の幼児や児童を対象にした小児性愛とか児童性愛、つまり性的倒錯の事)そのものでした。

そして容疑者としてイ・グァンギュを割り出す事に成功します。容疑者とされたイはそれ以前にも男子幼児や男子児童に対する性的暴行を度々犯していた人物でした。

被害者は常に男子の幼児や児童であった事からイの性的指向は「同性愛者」であると当時から考えられています。

ところが警察がイを指名手配にするものの、イは警察の包囲網を軽々と突破。以後その行方をくらましてしまうのです。 イの自宅には残された妻と子供5人が世間から冷たい目を向けられる始末です。

イは逃走後朝鮮半島の下半分で必死に逃走を続けました。文字通り「逃亡行脚」の生活を送る事になるのです。

逃走から1年6か月が過ぎた頃です。1931年になると逃走生活に疲れたのか?はたまた里心が出たのか?は定かではありませんが、イは自宅に舞い戻る決意を固める事になります。そしてその月、家族を残した自宅にイが姿を現したのでした。

警察はイが舞い戻ったという情報を入手、直ぐにイの身柄確保に動き出しました。こうしてイは1年6か月の逃亡生活の後に自宅に舞い戻った所を逮捕されてしまうのです。



ペドフィリア殺人鬼が再び野に放たれる



警察の調べではイの余罪を含む全ての犯行は2件の強姦殺人事件の他に幼児・児童相手の強姦事件数10件というものでした。1929年の2回に及ぶ犯行以前にも忠清北道鎮川で男子幼児・男子児童相手に複数回の性犯罪で検挙された経歴の持ち主でした。

所が検察庁はイの裁判でドジを踏む事になります。 折角逮捕にこぎつけたというのに警察が集めた証拠は根拠に乏しいものでした。 そして裁判所は証拠不十分を理由にイに対して無罪判決を言い渡すのです。

この裁判で検察は「死刑求刑」を行っていました。 そしてこの日が、検察が犯罪に負けた日として後世まで記録される事になります。

同性愛者、それも男子幼児や男子児童相手のペドフィリアであったイが何故女性と結婚して家庭を持ったのか?その理由は明らかにされてはいません。 単なる「子供の出産」目的で女性と結婚して生まれて来た子供を性的な目で見て育てるのが目的であったのか? それすら判明されてはいません。 但し、人によっては「イ・グァンギュは女性蔑視者であった」とします。


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大邱チョンポサ殺人事件「殺人事件に銀行強盗」

11 16, 2019
韓国の大邱広域市で発生した殺人事件「大邱チョンポサ殺人事件」は警察の必死の追及の手からまんまと逃れてしまった容疑者が迷宮入りに持ち込んだ事件です。事件は2001年に発生、18年後の今もまだ容疑者の犯行の動機すら判明してはいません。


第1事件


2001年も後1か月を切った12月8日の事でした。 慶尚道北にある大邱広域市では道を行き交う人々もあわただしさを隠せません。

その日、チェ・ジュンソプ(男・66)さんは「知人と会う約束があるから」と言ってひとりで家を出ました。 しかし夫の帰りが遅い事を心配した妻は住宅の地下1階部分にある事務所に足を運びました。「もしかしたら事務所の中にいるのかしら?」

しかし妻が事務所のドアを開けようとドアノブを回すも内側から施錠されたままです。 「おかしいな?」と思いながらも妻がドアの新聞受けから部屋の中を覗き込みます。するとそこに夫が倒れている光景を目撃したのです。

慌てた妻は警察に122通報を行います。駆け付けた署員らが中に入るとそこに血まみれ状態のジュンソプさんが倒れていたのでした。彼の首は切り裂かれそこから大量の出血を伴っていたようです。 他にも全身のあちらこちらから血液が流れ出た様子が服の上からも伺い知れました。

部屋の中は特段物色されたような形跡も認められず、金庫2体も普段通りの状態でした。 署員が妻に「奪われた物は分かりますか?」と尋ねると妻は「事務所の中に飾ってあった猟銃2丁(散弾銃)が奪われています」と返答したのです。

これに慌てたのが警察です。「人殺しが散弾銃を2丁も奪って市中を逃亡している。これは大変だ!」という事で非常線を張るのですが犯人はその警察の追っ手を軽々と交わし何処かへと逃げ去ってしまいました。


刺された上に鉛の弾を撃ち込まれた被害者


警察は血まみれのチェさんの遺体を回収、司法解剖を行いました。するとチェさんの遺体には首の切り傷の他に腹やわき腹など7か所余りを突き刺されていた事が判明します。使用された刃物は狩猟用ナイフか軍用ナイフのような殺傷力の高い種類である事も分かっています。

その上、チェさんの遺体からは彼の所有していた散弾銃による攻撃を受けたと思われる痕跡が見つかったのです。その胴体には鉛の弾が複数打ち込まれていたのでした。

鑑識班も殺害現場となった事務所内をくまなく探してはみたものの犯人の物と思われる遺留品類は存在しなかったとされています。この事からも犯人は用意周到な計画を立てて実行に移したと思われます。


散弾銃を使った銀行強盗


ところが警察が一番恐れていた事が発生してしまいました。 チェさんの奪われた散弾銃を使ったと思われる事件が発生してしまったのです。







事件はチェさん殺害日の3日後となる12月11日の事です。 その日、大邱市達西(タルソ)区で散弾銃2丁を所持した銀行強盗事件が発生してしまいました。犯人はこの時覆面で顔を隠していた事から警察も犯人追跡に困難をきたしてしまいます。



https://youtu.be/zoOgSEV_AiE


11日午後3時過ぎ、押し込み強盗を働いた犯人は天井に向けて散弾銃を威嚇射撃、従業員らに対して「金をこのバッグに詰めろ」と叫びながら持っていたバッグを投げつけたのです。 これに恐れをなした銀行員は犯人の言う通りの行動を取らざるをえなかったのです。

この銀行強盗により犯人はまんまと1億2600万ウォンを奪取する事に成功しました。

犯人は逃亡の際、銀行員らに銃口を向けて威嚇、その場から姿を消しました。 銀行を出た犯人は裏口に止められていた白色の乗用車に飛び乗りその場から逃走していた事も後に判明しています。

その3時間後、同じ大邱市内の達城では集合住宅に設置されていた多層階駐車場の屋上部分で一台の乗用車が燃えているとの通報が消防に寄せられました。消防が消火に駆け付けるとその車は3時間程前に銀行強盗で使用されていた車と同一であると判明しました。



犯行当時の犯人の似顔絵


その車内には奪われた散弾銃2丁の他に実弾36発分、そして銀行強盗で使用されたバッグなどが残されていたのです。 警察がこの車の所有者を調べた所、この乗用車は数日前に盗難届が出ていた事もわかりました。 ナンバープレートは別の車から盗んだナンバープレートだという事も分かったのです。 犯人は余程頭のきれる人物だったようです。 行員の証言やCCTVの記録映像から犯人は男性で年齢は30~40代、身長は約170cmで小太り体系であると推測されたのです。



事件から18年が経過した今の犯人の似顔絵(予想)


警察は容疑者を探し求めますが検挙には至らず、そのまま時間だけが無駄に過ぎ去って行きました。 事件から早18年が経過した今も犯人は逃亡中です。 このようにしてこの事件は未解明事件入りしてしまいました。



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「済州戦士コ・ユジョン」元夫殺人事件

09 24, 2019
コ・ユジョンン(36、女)は韓国の女性です。彼女は離婚した夫を騙して呼び出した後、ゾルピデムと呼ばれる有機化合物を経口摂取させ睡眠状態に陥らせます。そして無抵抗状態の元夫をナイフで刺殺しその体を解体して複数の場所に遺棄してしまったのです。 そしてその事件の数か月前に4歳の子供を就寝中に殺害したのでは?とも疑われています 







コ・ユジョンという女



コ・ユジョン(36、女)は韓国の済州島で生まれ、そこで育ちました。家族には両親と弟が存在しています。コ・ユジョンの学歴は済州女子中学校、神聖女子高校、済州大学へと進学を果たしていました。

その後彼女は結婚をしていますが直ぐに離婚、その元夫は2019年5月に殺害されてしまいました。その夫殺害の数か月前には息子(4)も就寝中の窒息により死亡しています。(カンさんから見てこの子は義理の息子)



元・夫が行方不明に



2019年5月27日、ある男性から警察に失踪届が提出されました。失踪したのはカンさん(男)、失踪届を提出したのはカンさんの弟でした。 弟は警察に対して
「兄が元嫁からの呼び出しを受けて出掛けた後、連絡が途絶えてしまいました。 兄の身に何かが発生したようです。」
と説明し、捜査要請を行ったのです。

この失踪事件を担当したのは済州東部警察署でした。 済州東部警察署は失踪届を受理、直ぐに元嫁コ・ユジョンの元に電話で問い合わせを開始したのです。すると元嫁は次のような返答を行いました。
「元夫と再開したのは事実です。 しかしその日私は元夫にレイプされそうになりました。抵抗したら元夫はそのまま何処かに逃げてしまいました。それ以後連絡は取っていません。元夫の行き先も知りません。」
警察はこの返答を真に受けてしまうのです。



カンさんは済州島内で行方不明になったまま・・



この警察の対応に不満を持ったのはカンさんの弟でした。 警察が信用できなくなった弟は自ら兄の行方を調べ証拠のCCTV記録映像を持って警察へと足を運ぶのです。

警察がこの記録映像を分析した結果、そこには失踪したカンさんと元妻が連れ立ってペンションの中に入る姿が記録されていたのです。

所がその後元妻だけがペンションから出て行く姿が記録されていましたが、いつまで経ってもカンさんがペンションから出る姿は記録されていなかったのです。

これを不審に思った済州東部警察署はカンさん所有の携帯電話の位置情報提出を電話会社に要請します。その提出された位置情報によればコ・ユジョンがペンションを出たのと同時刻にカンさんの携帯電話も共に移動を開始していました。 最終的には済州島内の別の場所にまでカンさんの携帯電話は移動を行っていましたがその直後彼の携帯電話の電源はシャットダウンされていたのです。 以後彼の携帯電話は二度と電源が入らなかったのです。

この事から済州東部警察署は失踪したカンさんは何らかの事件に巻き込まれたと推測を立てました。その事件の背後には元妻コ・ユジョンが強く関わりを持っていたと考えられたのです。



ペンションの家宅捜査



警察はカンさんとコ・ユジョンが連れ立ってペンションの中に入り、出て行くのはコ・ユジョンだけという点に注目をしました。 そして
「カンさんはそのペンションの中に今もいるのでは?」
とも考えたのです。 そして警察はペンションの家宅捜査に入りました。

ところがペンションの中にカンさんの姿は見当たりません。 そこで警察は鑑識を呼んでペンションの床や壁、天井に至るまでルミノール反応テストを行いました。 するとキッチンやリビングなどの床や壁や天井からも部屋中からルミノール反応が検出されてしまったのです。 これでこのペンションの中でカンさんが多量の出血を伴う攻撃を受けたと判明したのです。

その上、現場からは数点の刃物が証拠品として押収されました。これらを物的証拠に警察はカンさん殺害の容疑で元妻コ・ユジョンの逮捕に踏み切ったのです。



元夫は殺害直後に解体され海中投棄やごみとして廃棄処分



取り調べを受けたコ・ユジョンはカンさん殺害を否定し続けました。彼女は警察と全面対決を選んだのです。

そこで警察はカンさんの体系に着目したのです。男性としてもかなり大柄な体格を持ったカンさんが、小柄で非力な女性コ・ユジョンに簡単に殺害されるのか?という点に着目したのです。

その結果、済州東部警察署の刑事らは
「カンさんは睡眠薬を飲まされた後に殺害されたのではないか?」
と考えたのです。

そこで現場から検出出来た血液の分析結果を待ちました。その結果、血液からは微量のゾルピデムと呼ばれる有機化合物が検出されたのです。 このゾルピデムは睡眠導入剤に使用される成分でした。

この事で
「被害者はゾルピデムで眠らされた後、ナイフを用いて殺害されていた。」
と推定されました。



コ・ユジョンの買い物の中身



済州東部警察署は当日のコ・ユジョンの行動追跡を行いました。彼女の通ったルート(道筋)は簡単かつ完璧に判明してしまうのです。

コ・ユジョンは済州島内で完全犯罪に必要な道具を買い揃えていた事が分かりました。それは彼女がクレジットカードを利用した事で容易に追跡調査が行えました。 済州島内のあるスーパーマーケットでビニールのごみ袋30枚、スーツケース、ゴム手袋、漂白剤等多数を購入していました。

どうやらゾルピデムで睡眠導入させられたカンさんを刺し殺した後、その肉体を解体、床や壁に飛び散った血を漂白剤を用いて脱色・脱臭、切り分けた肉体の各部位はビニールのごみ袋に小分けにしてスーツケースに入れて運び出したと思われました。



海中投棄する姿が



済州東部警察署は町中に設置されているCCTVの記録映像を収集分析しました。 その結果、コ・ユジョンは済州島の港からフェリーに乗っていたのです。 フェリー内部のCCTVカメラにはコ・ユジョンがデッキから済州沖の海で何かを海中投棄している姿までもがはっきりと記録されていたのです。この事からコ・ユジョンは殺害し解体した元夫の体の一部を済州沖の海に遺棄していたと考えられたのです。



残りは自宅付近でごみ収集場に



カンさんの所有車は事件当日から行方が分からなくなっていましたが済州島内のスーパーマーケットの駐車場に3日間無断駐車されていた事が判明しました。これでカンさんが殺害された疑いはより強くなったのです。

済州東部警察署はコ・ユジョンの移動コースから遺体の残りの部位はコ・ユジョンの実家に持ち込まれたと推測したのです。 そして実家周辺地域を管轄するごみ焼却施設から人間の骨と思われる骨片が発見されてしまいました。

DNA鑑定を行った警察ですが骨は800度近い焼却施設で燃やされた事でDNAの判定は不可能と出てしまいました。 結局その骨片は「犬の骨」という事で片付けられてしまったのです。 



過去の息子窒息死も殺人の疑いが



コ・ユジョンとカンさんと夫婦生活をしていた2019年3月にも同居家族に不審死していた人物がいたとマスコミは報じてしまいました。

3月2日の事です。清州市にあるカンさんとコ・ユジョンの夫婦宅で朝目が覚めたカンさんが見たのは息をしていない息子(4)の姿でした。 そして第一発見者のカンさんは警察に殺人容疑を掛けられる事になります。

死んだ息子の首周辺には広範囲に鬱血が見られたのです。 検視の結果それは「窒息死」だと判定されました。

この時済州東部警察署は「息子が邪魔になった父親のカンが息子殺害に走ったのだろう」という方針でこっそりと捜査を続けていたのです。

これに気付いたカンさんは済州地方検察庁宛てに電子メールを使い「息子を窒息死させたのは嫁のコ・ユジョンであると思われる。息子が死んだ事件に前後して自分も睡眠薬を飲まされたような体調の不調が認められていた。」との内容の訴状を送信していました。この時カンさんは済州東部警察署の刑事は信用できないと考えていたようです。その為、済州東部警察署ではなく済州地方検察庁に直接訴状を送ったと考えられました。

これに対してコ・ユジョンは「名誉棄損である。カンを訴えてやる。」と息巻いていました。



無能警察と呼ばれ



いつまで経ってもカンさんの遺体も発見出来ず、容疑者のコ・ユジョンを落とすこともできない警察に対する世間の冷たい視線は日増しに強まりました。とうとう警察は「無能警察」呼ばわりされてしまうのです。

何故警察は「無能警察」とまで呼ばれてしまったのでしょうか? それは「現場保存」の鉄則すら守れなかった事にも起因しています。

カンさん殺害現場と思われたペンションですが、済州東部警察署は事件発覚後に現場保存を怠っていた事が判明したのです。 その結果、ペンションの管理人が事件現場となった部屋の中を綺麗に清掃してしまった事から「警察の管理は杜撰過ぎる」とまで言われてしまいました。その結果、再度の現場検証が不可能となってしまったのです。

そして韓国の国会でもこのカンさん殺害事件に関する済州東部警察署の杜撰な初動捜査ミスが取り上げられてしまいました。 こうして迎えた8月7日の事です。警察側はこの事件に関して
「済州東部警察署で行った捜査は不十分でした」
と認める所まで追い込まれてしまいました。



風評被害



この事件の後、済州島に関する風評被害がいくつか発生してしまいます。

コ・ユジョンの家族はAレンタカー会社を済州島内で経営していました。 しかし経営が思わしくなく2018年当時、その会社の経営権を第三者に売却していたのです。 そしてA社の近くで営業してたBレンタカー会社に関してある風評が流されました。
「Bレンタカー会社はコ・ユジョンの両親の経営する会社である」

その風評はSNSを介して爆発的に広まり、噂を知ったネチズンらはレンタカー会社B社に電凸攻撃を相次いで行ったのは言うまでもありません。 しかしこのB社はコ・ユジョンの両親とは関係のない別会社だったのです。この風評に起こったBレンタカー会社は風評を流した社を訴えると発表してしまったのです。

更に別の風評が広がります。
「済州島は危ない地域だ。 移民らが島内に溢れてただでさえ物騒な島なのに、殺人事件まで多発する地域だ。済州島への旅は止めた方が良い。」

そしてカンさん殺人事件とカンさん夫婦の子供の殺人事件疑惑が拍車を掛けました。これらが相乗効果を発揮してしまい悪い風評が広がった済州島内では「済州東部警察の無能捜査は許せん」という方向に動いてしまったのです。そして「無能警察」という言葉はマスコミを通しても拡散されてしまいました。 その結果、警察批判のデモまで発生してしまったともいわれています。



国選弁護人団、批判を受けて弁護から撤退騒ぎ



この事件では国選弁護人が選任されていました。国選弁護人は全5人からなる大所帯でした。 

ところがSNS上にコ・ユジョンの国選弁護人の個人情報が流布されてしまったのです。すると
「元夫を睡眠導入剤で眠らせた後にナイフで殺害、その後元夫の体をナイフで切り分け、海やゴミ捨て場に捨てた女の弁護を引き受けるとは何事か!」という批判に弁護団は晒されてしまいます。

それに恐怖を感じたのか?国選弁護人らはコ・ユジョン弁護から撤退すると発表してしまうのです。 そして新たな国選弁護人の選択作業が開始されました。



「済州戦士」コ・ユジョン



元夫殺害容疑だけではなく4歳児殺害容疑まで持ち上がってしまった容疑者のコ・ユジョンに対して男性嫌悪「ウォーマド」では「済州戦士コ・ユジョン」呼ばわりする始末です。その燃料投下を受けたネチズンらは騒ぎとなりました。

現在この事件は裁判中です。
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