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中谷洞主婦殺人事件 (電子足輪男事件)

08 19, 2019
2012年8月20日に韓国ソウル広域市で発生した電子足輪装着男による強姦殺人事件です。 犯人のソ・ジンファンは前科11犯の経歴を持ち、42年の人生の内16年間を獄中で暮らした人物でした。 度重なる性犯罪を理由に韓国の司法はソ・ジンファンに対し「電子足輪の装着」を命じていたのですがそれは有効な手段とは言えなかったようです。


ソ・ジンファンという男


ソ・ジンファンは1969年12月に韓国の全羅南道で農業で生計を立てている家に生まれました。 家長である父親は生来の怠け者でボイラー職や飯場などの職場を転々としていました。 この怠け者の父親は家の内外で酒浸りの生活を送り、賭け事にうつつを抜かすような男でした。

そんな父親に育てられたソ・ジンファンもまた父親譲りの思想を持つ人間でした。 10人兄弟のソ・ジンファンは6番目に生まれましたが幼少の頃から犯罪に目覚めるような人間でした。

ソ・ジンファンが中学生の頃の事です。2歳年上の上級生女子と肉体関係を持ちます。これが彼の初めてのセックスでした。 以後、彼はセックスに目覚めます。

次にソ・ジンファンは隣家の娘を自宅に連れ込み強姦してしまいます。これが公になりソ・ジンファンは警察に逮捕されてしまいました。 

17歳になったソ・ジンファンは他人の家に泥棒に入り、金を奪って逃走をします。しかし直ぐに逮捕されてしまいました。 若干17歳のソ・ジンファンはこの頃既に「警察と旧知の仲」となっていました。








中卒後



中学校を卒業したソ・ジンファンは縫製工場に勤め始めますが長続きはしません。そこを退職した後彼は釜山の食器工場に勤め始めます。しかしここでも強姦を行い逮捕されてしまいました。

強姦された相手はソ・ジンファンが寝泊まりする会社の寮に住む先輩社員の若い嫁でした。  先輩社員の目を盗んで同僚の嫁を強姦してしまったのです。 ここでも強姦罪でソ・ジンファンは逮捕され投獄されてしまいます。 当然、会社からは懲戒処分を受ける身となりました。



強姦殺人




2012年8月20日、その日のソウル広域市広津区中谷洞は朝から暑い一日でした。
ソ・ジンファンは前夜から自室でパソコンを使ってポルノサイトを徘徊、パソコンモニターの中で自分に向かって大きく足を開く女性を見てはむんむんとした夜を寝ずに過ごしました。

この時、ソ・ジンファンはバイアグラを2錠飲んで性処理を行っていたようですが彼の性欲はそれだけでは収まらなかったようです。意を決したソ・ジンファンは全長30センチにも及ぶナイフと被害者を黙らせる為のガムテープを隠し持ち外に獲物を求めに出掛けるのでした。

午前9時20分頃、自宅の前で保育園児を連れた若い母親が保育園の送迎バスを待っていました。 ソ・ジンファンはその姿を見つけてしまいます。

そして彼はその主婦の留守にしていた家の中に侵入し身を隠して主婦の帰宅を待ちわびたのでした。

数10分後、主婦は何も気付かずに自宅に戻って来ました。すると身を潜めていたソ・ジンファンが主婦に襲い掛かります。

驚いた主婦は大声を出して助けを求めました。
「おじさん、助けて~」

その声は隣家の住人の耳に届きます。併せてその家の中で物が激しく音を立てていたのも聞こえて来ました。
隣家の住人は慌てて警察に緊急通報を行いました。

警察官が主婦の家に到着しドアを開いて中に飛び込むとそこには全身血まみれの主婦が倒れていたのです。玄関の内側は血の海と化していました。

そしてソ・ジンファンは現行犯逮捕されてしまうのです。



鑑識の結果



後から駆け付けた鑑識班が現場で証拠固めに入りました。すると被害者の主婦が逃げようとして玄関に走って逃げた所を背後からソ・ジンファンによって刺殺された事が分かりました。

ソ・ジンファンは主婦の背後からその首目掛けてナイフを用いて頸動脈を切断していたのでした。 また主婦の全身には合計4か所の穴が開いていました。それは全てナイフで刺された痕でした。

検視の結果、主婦の死因は「ナイフで首を切られ出血多量による失血死」であるとされました。 その他にも主婦の眼球は潰されており、頭蓋骨も酷く陥没していました。それ程強い圧力で制圧を受けていた事がここで判明したのです。また首の頸動脈をナイフで一撃した事でソ・ジンファンが犯行の際に強い殺意を抱いていた事も分かりました。



取り調べの中で



ソ・ジンファンの取り調べは捜査員を以ってしても苦痛以外の何物でもなかったようです。自供中にソ・ジンファンは反省の色を見せる事はありません。終始自分を弁護する姿勢を崩さなかったのです。

法廷の場に引き摺り出されたソ・ジンファンは次のように弁論しました。
「どうして被害者を殺害したのだ?」(検察官)
「あの女が抵抗を示したからだ。 俺は今迄沢山の女を強姦して来たがあれ程酷く抵抗する女は初めてだった。抵抗を止めさせようとしてあのような事になっただけだ。」(ソ・ジンファン)

法廷でのソ・ジンファンは
「自分はあの時心身衰弱であったので意図的な殺意は持ち合わせていなかった。」
と自己弁護の姿を崩そうとはしません。

そして
「もし俺に対する追及の手を緩めてくれさえすれば俺は直ぐにでも宗教の門を潜ってやる。そして罪を贖罪してやる。」
と法廷の場で取引を持ち掛ける始末でした。



判決とその後の行方



2012年11月22日、検察は「死刑」を求刑しました。 しかし裁判所の裁判官は「無期懲役刑」を下しました。第一審での事です。

そして被害者の朴一家は事件発生の1か月後に惨劇のあった自宅から逃げるように引っ越しをしたのでした。主の朴さんはその後国を相手に訴訟を起こします。
「国や司法や検察や警察の全てが誤りを犯した。 電子足輪を取り付けるような男を自由にソウル市内で移動させた国に問題がある。」

その理由としてイ・ジンファンには数々の余罪があり、その容疑者のDNAを採取しておきながら有効な利用方法をも用いなかった国側にあるとしました。

このソ・ジンファンは複数の性犯罪を犯していましたが韓国の警察が採取した容疑者のDNAは国立科学捜査院のコンピュータに登録されていないという手抜かりがあったからです。 警察は採取した容疑者のDNAを検察と警察の双方でしか利用できないシステムを運用していたからです。



Posted in 韓国
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Author:chopitonews
海外の歴史的事件や重大事故を記録しています

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