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人肉喰い ソウル二十人連続殺人事件

05 18, 2019
韓国映画「チェイサー(監督ナ・ホンジン)」のネタとされた事件がソウル二十人殺人事件です。 この映画ではその衝撃さが受け大韓民国映画大賞を受賞しましたが実際のソウル二十人殺人事件は映画以上の悲惨さを見せていました。 

事件を起こしたのはユ・ヨンチョルという名の韓国人です。ヨンチョルの手口で最も特徴的だったのは殺害した若い女性の体を30か所に切断、その肉や内臓を切り取り食していた事です。 

この事件以降、韓国では「サイコキラー」という言葉が周知されるようになりました。








ユ・ヨンチョル誕生



ユ・ヨンチョルという男は1970年4月18日に韓国全羅北道高敞(コチャン)郡で生まれました。彼は4人兄弟(男3、女1)の中で3番目であり、妹はヨンチョルとは一卵性双生児でした。

父親は酒乱、女好き、賭け事好きであり、酔う度に家族に対して暴言や暴力を振るうようなダメ人間でした。

ヨンチョル7歳の時に夫婦は離婚、その後父は愛人を家に招き入れ内縁関係を続けるようになりました。 そしてソウル市龍山で小さな部屋を借りた家族は新しい生活を始めますがここでも生活は破綻してしまいます。5か月後、内縁の嫁はヨンチョル家族を見捨てて逃げてしまいました。

その後、彼の父は死去してしまいます。 自力で生活が出来なかった子供らは継母の下に預けられ数年間はそこで飯を食わせてもらったのですが上手く行かずそこを出る事を余儀なくされました。

継母の下から追い出された兄弟は実母と再会を果たします。そして実母はソウルに出て来て一度は捨てた子供らと生活を共にするのです。彼らの新しい生活はソウル市麻浦区功徳でこのようにして始まりました。




警察の厄介に



高校に進学したヨンチョルでしたが学校生活に馴染む事も出来なかったようです。 高校2年生の時に女性の部屋に不法侵入した彼は現金23万ウォンなどを奪い逮捕されてしまいました。 まだ未成年であったヨンチョルは刑務所暮らしは免れたものの少年院に送致されてしまいました(住居侵入罪、窃盗罪)。ここで彼は悪い仲間の影響を色濃く受けたようです。この少年院送致がきっかけでヨンチョルは通っていた高校から退学処分を受けてしまいました。

少年院から出てきたヨンチョルは以前にも増して悪知恵が働く男になっていたのです。 彼は警察官を名乗り偽の警察手帳を使い他人を騙す人間となっていました。仕事もしない彼は偽警官で金を騙し取る事を覚えたのです。





売春婦と結婚



1991年、ヨンチョルは風俗嬢と結婚をします。 風俗嬢とは言ってもその実態は男性客相手にいかがわしい性的マッサージをサービスする職業の女でした。 

結婚後もヨンチョルのふるまいは何ら変わりを見せません。 窃盗や強盗、そして強姦の悪癖は消える事がなかったのです。

強姦などの容疑でまたもや逮捕されたヨンチョルは刑務所に収監されてしまいました。その収監中に風俗嬢の妻は離婚訴訟を裁判所に起こします。 裁判所はそれを認め離婚は成立、ヨンチョルは塀の内側でその事実を知らされ地団駄を踏む事となります。




出所後は荒れ、売春婦を獲物と狙う




2003年9月11日、父親同様に妻に捨てられた身となったヨンチョルは塀の外に出てきました。(全州刑務所出所)

そして「恨」の塊となってしまったヨンチョルの連続殺人は開始されるのです。

出所直後の9月24日。ソウル市江南区の金持ちの家を狙います。そこは淑明女子大学校で名誉教授の職に就いていた男性の家でした。 名誉教授(73)とその妻(68)に対してヨンチョルは予め用意していた大ハンマーとナイフを使って滅多打ち、滅多刺しの攻撃に出ました。 惨殺されたこの夫婦の司法解剖を行った検視官は全身に34か所の攻撃痕を数えたのです。





動画が表示されない場合のURL → https://youtu.be/bZp4NKImvhw






シリアルキラーへの道のりを歩む



その事件から半月後の同年10月9日、ヨンチョルは2回目の事件を手掛けます。

ソウル市の鍾路区(チョンノ区)で事件は起こりました。この資産家の家には事件当時、祖母(82)、妻(58)、息子(35、四肢が不自由な身体障害者)が在宅していました。ここでヨンチョルは用意していた大ハンマーを用いて家族3人を撲殺してしまいます。通報で駆け付けた警察官が現場で見たのは打撃により体を棄損された惨い死にざまの被害者遺体でした。

彼は自分より体力に劣る老人や身体障害者相手に大ハンマーを何度も何度も打ち下ろしていた事が分かっています。




7日後




鍾路区の三人殺しから僅か7日後の10月16日。 ソウル市江南区三成洞でまたもや資産家の老夫婦が惨殺されます。二階建て一軒屋に住んでいたこの家の主(70)とその妻(69)を大ハンマーを用いて撲殺したのです。

その1か月後の2003年11月18日、ヨンチョルはこの年最後の殺人を行います。鍾路区恵化洞の資産家宅に強盗殺人目的で侵入したヨンチョルは主(87、男)と家政婦(53、女)を大ハンマーを用いて撲殺します。 その後、金庫から金を奪おうとツルハシを使って金庫を破壊、証拠隠滅目的で火を放って逃亡を行いました。 その逃亡の際、ヨンチョルはCCTVに姿を撮影されるというミスを犯してしまいます。

この逃亡するヨンチョルの映像を入手する事に成功した警察はその証拠映像を元にヨンチョルの指名手配書を作成、懸賞金5,000万ウォン付きで全国に配布したのです。

同時期、警察は人気TV番組「そこが知りたい」に出演、そこでヨンチョルの情報提供を国民に対して呼び掛けました。
これが元でヨンチョルは一時的に活動を停止、そして潜伏を余技なくされてしまいます。






活動再開



指名手配から5か月程は身を潜めていたヨンチョルではありましたが殺人の誘惑から逃れる事は出来なかったようです。
年が明けた2004年3月に犯行を再開してしまいました。

同年4月14日にはソウル市中区黄鶴中央市場で海賊版K-POP CDとコピーバイアグラを路上販売していた露天商(44、男)に警察官だと偽警察手帳を見せて連れ去ります。 バンの中に連れ込まれた露天商はヨンチョルによってナイフで全身を滅多刺しにされて殺害されます。 その後、露天商の両手首を切断したヨンチョルは証拠隠滅を徹底する目的で車に火をつけて露天商の遺体もろとも燃やしてしまいました。

警察が遺体の回収に入ろうとしましたが被害者の遺体は原型を留めない程に消失していたそうです。 その後この露天商は全身を20か所以上刺されて殺害された事も判明しています。




とうとう御縄に



2004年7月14日、デリバリーマッサージ嬢のイムさん(29、女)の所にマッサージの依頼が来ました。電話の相手はあのヨンチョルでした。 イムさんはそれを知らずに指定場所の新村ロータリーに向かった後行方が分からなくなります。 その後、デリバリーマッサージ店の経営者の元にイムさんから1本の電話が掛かって来ました。「誘拐されたようです。助けて下さい。」経営者は大慌てで警察に通報を入れました。この事件が元でヨンチョルは逮捕されてしまうのです。

取り調べの中でヨンチョルの残忍さが判明してきました。
ヨンチョルはこれまでにデリバリーマッサージ嬢や愛人バンク嬢などの売春婦20名(20代~30代前半9と資産家高齢者7名(53~86歳)、そして身体障害者1名(35歳)を殺害していたのが判明したのです。

彼が使った凶器は運び易いようにと柄の短い大ハンマー、そして鋭いナイフでした。 彼は売春婦を殺害する際、自らが契約していたオフィテル(事務所と自宅が一緒になった物件)に呼び出し強姦後に殺害、その体を30個に切断して気に入った被害者女性の肉片や内臓を切り取り食していたのです。

そして30個に切断された部位は黒いビニール製ゴミ袋に小分けにされ西大門区老姑山洞など複数地域の山林に埋葬しました。



警察の問題行動が批判され処分の対象に




そして警察は取り調べの最中にヨンチョルに逃亡を許してしまいました。 取調室の中でてんかんの発作を見せた事に驚いた刑事らは彼の手錠を外してしまったのです。その隙を見つけてヨンチョルは署外に逃亡を図ります。警察は逃亡を阻止する事すら出来なかったのです。

その後ヨンチョルは永登浦駅から列車を使って逃げようとしている時警察官に発見され再逮捕されますが、この連続殺人犯を取り調べ中に脱走させたという騒ぎで世間は警察を猛バッシングしました。



被害者家族に刑事が足蹴りを入れる騒ぎ



そして護送目的で刑事ら集団に守られたヨンチョルが警察署から出て来た所を被害者の家族(女性)が飛び掛かる騒ぎが発生しました。その際、護送の刑事らは被害者家族の女性に対して足蹴りを入れてしまったのです。この光景がTVカメラで全国に生中継されてしまい、またもや警察は国民からの総批判の対象となります。










動画が表示されない場合のURL → https://youtu.be/3mI5sC_LoG0


この他にもユ・ヨンチョル事件では警察官の不祥事が多発しました。一連の事件の最中に「ユ・ヨンチョルに家族が殺害されていると思う」と申告してきた被害者親族に対して警察側は職務怠慢とも思えるような対応を見せた江西警察署担当署員、そしてユ・ヨンチョルを取り調べ中に逃走させてしまった取り調べ官、被害者遺族に足蹴りを入れた護送担当刑事など合計25名を懲戒、訓告、再教育などの問責処分としました。しかし市民からはこれを「市民の風当たりが強いから建前上の処分を発表しただけ」と批判を受ける羽目となります。



死刑判決



死刑判決を受けたヨンチョルですが、韓国では1997年12月30日の23人処刑を最後に死刑制度は事実上の廃止扱いとなっているのでヨンチョルの死刑執行はいまだ行われていません。風俗嬢を大量殺人しその人肉を食らったヨンチョルは今なお塀の内側で息をしているのです。








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Author:chopitonews
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