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食脳食人鬼ロバート・モーズリー

06 28, 2019
自分が殺害した相手の脳みそをスプーンを使って頭蓋骨の中からすくって食べたといわれる食人鬼ロバート・モーズリー(Robert Maudsley、 66歳) 。 モーズリーは1953年6月にイギリスのリバプールで生まれました。 

彼は両親と兄弟4人(モーズリーは末っ子)という家族構成でした。 しかしこの父親がろくでもない人間でした。そのため生後間もないモーズリーは他の3人と共にカトリック系孤児院に預けられてしまったのです。ここで彼らの面倒を見てくれたのが修道女らでした。 彼はこの孤児院近くのリトルクロスビーという街の小学校に通わせてもらったのです。

モーズリーが孤児院に預けられて9年目、彼が8歳になったときでした。彼の両親は「子供らを手元に引き取りたい」と孤児院に申し入れたのです。 孤児院はそれを拒否する事ができずに彼ら兄弟を親元に返してしまいました。ここからモーズリーの悪夢は始まります。

生家に戻されたモーズリーを待ち受けていたのは実父によるレイプでした。 事有る毎に父は棍棒を使いモーズリーを殴り倒していたのです。 レイプと暴行を実父から受ける事はモーズリーの日課のひとつとなっていたのです。

このような生活を余儀なくされた子供がろくな大人になれるわけがありません。モーズリーもその例に洩れず16歳になった時家出を行いました。

家出をしたモーズリーは街で同性愛者の男相手に金と引き換えに自分の体を提供するような男娼に成り下がっていました。彼はその売上で生活をしていました。

当時のモーズリーは酷く精神を病んでおり、2度に渡る自殺を繰り返していたのです。 しかし、未遂2件という事から本気で自分で自分を殺す事までは考えていなかったようです。

こうして精神病院に入院したモーズリーは担当の医師や看護師に対して次のようなことを言っていたのです。
「頭の中で声が聞こえる。 ”父親を殺してしまえ!”と俺に呼び掛ける声が聞こえるんだ。」




ファレル殺害




1974年。モーズリーは21歳の青年になっていました。 しかしこの頃には自分も実父同様に小児性愛者の様相を呈していたのです。

この当時、モーズリーはジョン・ファレル(Johon Farrell、30)という名の男性と知り合います。このファレルも性倒錯の傾向を持つ人間でした。 ファレルは気を許した相手のモーズリーに自分がこれまで性的虐待や性交渉を行った子供らの姿を撮影した写真を見せてしまいました。 これを見たモーズリーは自分が子供の頃実父に受けたレイプを思い出したのか? そのファレルを攻撃してしまいました。 ファレルは刺された後にその頭部をハンマーで破壊されたのです。(1974年3月14日死亡)

この後モーズリーは逮捕され終身刑の判決を受けてしまいます。しかし精神を病んでいると言うことが認められたのでBroadmoor病院に送られ、そこで社会から強制隔離されてしまったのです。




フランシスコ殺害



モーズリーはこのBroadmoor病院で囚人仲間を募りました。そこで見つけた仲間の性癖が小児性愛というものでした。 この時仲間になったデビッド・フランシスコをモーズリーは殺害する事になります。彼は受刑者仲間のデビット・チーズマンと共にフランシスコの体を拘束し9時間にも及ぶ虐待行為を繰り返したのです。 

第一発見者がフランシスコの遺体を発見した時、彼の頭部は酷く毀損していました。 その様子は「被害者の頭はひび割れたゆで卵のようだった」と発見者に言わせる程だったのです。 発見時、フランシスコの割れた頭部の中にスプーンが差し込まれていました。

この事件でBroadmoor病院はモーズリーを治療する事を嫌がりました。 その結果モーズリーはウェークフィールド刑務所に移送され投獄されてしまったのです。







HMP Wakefield




所がここでもモーズリーは同様の事件を起こしてしまいます。それは1978年の事でした。 当時、ウェークフィールド刑務所の囚人の間でも「モーズリーには関わるな」という噂が流れていました。



奥に見える茶色い建物がHMP Wakefield
出典 Wikipedia


1978年7月29日。モーズリーはこの日2名の囚人仲間を殺害します。
この日最初の獲物はダーウッド(Salney Darwood、46)でした。ダーウットは妻ブランシュ殺害で逮捕されて服役中でした。

モーズリーはこのダーウッドを言葉巧みに自分の独房に誘い込んだのです。 そこで刑務室から無借用したナイフを使って囚人仲間の頭部に切りつけてしまったのです。 相手が怯んだ隙を狙ってモーズリーは相手の頭部を壁に何度も何度も打ち付けてしまいました。 その後彼は体をナイフで滅多刺しされて殺されたのです。モーズリーは遺体が発見されるのを恐れて自分のベットの下のスペースに彼の遺体を隠してしまいました。



1940年代のHMP Wakefieldの独房
出典 wikipedia


これで再びモーズリーの殺人欲望に火が灯されたのです。 欲望が抑え切れなくなったモーズリーは別の囚人に声をかけて再び自分の独房に誘い込もうとしましたが失敗してしまいます。

しかしこの日、二人目の犠牲者が発生します。それはウィリアム・ロバーツ(William Roberts,55)でした。ロバーツは7歳少女をレイプし逮捕されました。この時7年間の服役中でした。

この刑務所内での殺人が発覚しウェークフィールド刑務所は大騒ぎとなりました。刑務所長はその責任を問われてしまいます。 慌てた刑務所長はモーズリー専用の独房を地下室に用意したのです。 それは通称「硝子の監獄」とさえ言われました。 頑丈な独房の中が常時監視できるように防弾アクリルを使った大きな窓が2つ設置されていたからそう呼ばれたのです。

しかしこの頃のモーズリーは自分を殺害したいという欲望すら抑え切れなくなっていたようです。 世の中がミレニアムで沸いていた西暦2000年、彼は「服毒自殺をさせろ。シアン化合物を俺に寄越せ。」と声を上げ始めたのです。 彼はリバプール高等裁判所に申請書を提出しました。 審議の結果、それは棄却されてしまいます。




独房の中で



モーズリーは現在66歳。今なおウェストヨーク(West York)にあるウェークフィールド刑務所(HMP Wakefield)の独房に投獄されたまま生き延びています。

この人脳をスプーンですくって食べたとされるモーズリーですが、はっきりとした事は公にはされていませんん。ある者は「彼は人の脳をスプーンですくって食べてはいない」といいます。 真実はいつも闇の中です。


Posted in イギリス
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Author:chopitonews
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