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交通放送女性アナウンサー失踪事件

07 05, 2019
韓国の交通放送(TBS)の人気女性アナウンサーであったキム・ウンジョン(女・35)が突如失踪した事件です。 警察は事件の存在を伏せたまま捜査を2年程行いましたが有力な情報を掴む事は出来ず。その後捜査は公開事件と扱いを変えますが最終的には解明することも出来ずに捜査は終了してしまいます。




女性アナウンサー失踪



キム・ウンジョンは慶尚北道栄州市出身の35歳(失踪当時)。1979年に結婚しますがその2ヶ月後には離婚。 1984年にはKBSに転職を行います。

1989年になると今度は交通放送(通称TBS)に入社を転職を行います。これが彼女の人生の大転換期となってしまったのです。

この時代彼女は「アンニョンハセヨ TBSのキム・ウンジョンです」を担当していました。





1991年9月21日の事でした。 キム・ウンジョンは午後4時に帰宅しました。 当時彼女はソウル市大門区チャンチュンドンの自宅に一人住まいをしていたのです。

食事の支度も自分でしなければならなかった彼女は自宅から50メートル程離れた場所に住む叔母の家に出かけては食事を共にしていました。

この日も彼女は叔母の家を訪問し夕食をご馳走になりました。 そして
「明日は秋の特別放送があるからこれで帰るね」
と言い残し叔母の家から帰って行くのです。

しかしこの後彼女は知人の入院見舞いに向かってしまいました。その時の彼女は普段着のまま、ハンドバックの中には局から受け取った1ヶ月分の給与100万ウォン(※)が入っていたそうです。

※現在の物価上昇を鑑みれば今の価値で500万ウォン相当の金額です

その直後彼女は突如として行方が分からなくなってしまったのです。



家族が警察に非公開扱いを依頼、その結果・・



失踪翌日、特別番組の放送時間まで局に彼女が現れなかった事から局の関係者は大騒ぎとなりました。彼女の親らに連絡をしてもその行方が分からなかったのです。 この時の放送は別の者が代役起用されなんとか放送自体は済ませる事ができました。

局からの知らせを受けたキム・ウンジョンの親らは娘と連絡が付かない事を心配しましたが警察への届け出を躊躇してしまいました。それは娘のアナウンサーという立場を考慮してしまったからに他なりません。 彼女の親らは失踪2から日間もその事実を伏せてしまったのです。

娘の失踪から3日目、とうとうキム・ウンジョンの親は警察へ行きます。そして
「娘が3日前に行方が分からなくなったまま戻って来ません。」
と失踪届を提出しました。この時、親は
「娘はアナウンサーなのでこの事件は公にせず内々に捜査して欲しい」
と頼んでしまったのです。

警察はその親の願いを受け入れてしまいます。その結果、事件は思わぬ方向へ動いてしまいました。

警察は当初この事件を「強盗殺人」「拉致事件」「人身売買」「痴情のもつれ」「家出」の線で捜査を行いました。

当時の韓国では女性を拉致し人身売買する人身売買組織が暗躍していた時代でした。この事もあって警察は彼女が「拉致された後、人身売買されてしまったのでは?」と考えたのです。



草むらまで捜索



しかし強盗殺人の線も捨てきれなかった当時の警察はソウル市郊外の草むらや山林を片っ端から調べました。そこに彼女の遺体が隠されていると考えたからです。しかし結果は「遺体は発見されず」でした。

次に警察は家出の線で調べます。 すると彼女の所持品であるノートから「Lee(李)」という人物の名が記されている事を知るのです。

Leeの捜査を行うとその人物は実在しており、前延世大の教会に通う男である事が判明します。しかし捜査の結果彼は容疑者リストから除外されてしまいました。

その次に警察は「ノイローゼ」の線で捜査を行いました。彼女の知人や同僚らに聴き込んだ結果、キム・ウンジョンは職場の同僚相手に不満や物騒な発言を繰り返していた事が分かったのです。それによると
「職場の後輩らを見ていると情けなくなってくる」
「睡眠薬を買おうと薬局へ行ったが処方箋がなくて売ってもらえなかった」
「鉄道自殺をしたいが悲惨な姿を放送されると思うと怖くて実行出来ない」
等ともらしていたとされます。

この結果、警察は「離島に身を隠しているのでは?」との推測を立てて調べましたがそこに彼女の痕跡は認められません。「では、国外に逃避してしまったのでは?」と考え、出国記録をくまなく探しても彼女と同一人物の記録は残されていなかったのです。



公開捜査に切り替えるも



事件発生から丸2年が経過しても彼女の痕跡すら警察は探す事が出来ません。 これは彼女の親からの「内々に捜査して欲しい」という要求を警察が受け入れてしまった結果でした。

発生から3年目。とうとう警察は公開捜査に切り替える事にしました。 いわゆる捜査方法の転換期を迎えたわけです。

警察は情報提供を呼び掛ける10万枚のビラを作成、全国に配布を開始しました。 1993年11月10日の事です。

しかし仮に事件発生当夜彼女を目撃した人物がいたにせよ、既に3年目に突入したこの頃にはその記憶は既に薄れたか?失われていた時期でした。 こうしてビラ10万枚を配布したものの有力な情報は寄せられる事がなかったのです。 

事件発生後、いくら待っても警察の捜査に進展が見られない事に不満を募らせた母親(当時60)は日本の占い師に娘の居所を占って欲しいと依頼したとも言われています。その結果「娘は今も存命している」と告げられました。 この手法は近年、解明できない未解決事件を民間の放送局が超能力者を呼んで透視させる手法に酷似しています。



未解決事件扱い



1991年にキム・ウンジョンが突如疾走してから早28年が経過してしまいました。現在も彼女は名乗り出ず、遺体すらも発見されていません。仮に存命中だとすれば彼女は現在63歳になります。

警察の捜査も既に終了しておりこの事件は未解決事件の仲間入りを果たしてしまいました。

現在でも彼女の有力な失踪理由として「人身売買組織に拉致された後、女性アナウンサーとしての付加価値を付けられて売春組織に高額で売り渡された」と考える者がいます。 または「彼女の存在を疎ましく思っていた周囲の誰かがヒットマンを雇い、殺害目的で彼女を拉致させた。」とも考えられています。 事件の真相は今も闇の中です。



Posted in 韓国
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Author:chopitonews
海外の歴史的事件や重大事故を記録しています

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